「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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エミール・ガレ展

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MOA美術館でやっている「エミール・ガレ展」に行ってきました。

話はまた飛んでしまうのですが、子供の頃けっこうマンガ好きでした。自分で持ってなくても置いてあればマンガであればとりあえず手にとって、読んでいました。マンガという表現は過去の芸術から多くを引用しています。大きくなって学べば学ぶほど引用の源泉を知り、興味深く思います。そうやって読んでたマンガの中に少女マンガもあったと思います。そしてその中には「アールデコ」の引用が溢れていたように思います。それは、ミュッシャであり、ガレだったと思われます。

今回は日本国内のガレの名品が二百点以上一堂に会した充実の企画でした。

そこには、植物の形態に必ず潜む螺旋の運動が至るところに溢れて、命を持ったガラス・陶器・家具が美しく輝いていました。

この、曲線が溢れる感が前述の少女マンガを思い出させ、そしてなお、いかにその副次的生産物とガレの作ったもの間に隔たりがあるかということを強く感じたのでした。
少女マンガに限らず、彼の生み出した芸術はひとつのスタイルとなり、限りなく再生産されてきたのですが、そのスタイルとしての表現には収まりきらない、ガレの探求した世界の薄明かりのはかなさ、悲しみの香りがそこにはありました。ガレ自身が悲しみの中に浸った精神をたたえていたのではなく、彼の探求した植物をモチーフとした象徴主義的文様が、東洋の精神への憧憬であるときに、そこに彼は悲しみという感傷を足がかりにそれを読み説いていったことの反映だとおもいます。
ガレにとって日本美術はユーモラスで悲しみをたたえた美しすぎる奇跡だったのでしょう。

今回の展示ではガレが日本美術にテーマをとった珍しい作品がコーナーとしてまとめて紹介されていました。

ガレがどれだけ日本美術をとおして、奇跡の美意識を憧憬したか、そしてその憧れが19世紀末の世界潮流となったガレの作品を形成するのにどれだけ重要な役割をはたしたか、そういう事が見てとれる展示でした。
ガレが描く植物の螺旋はなんであんなにも切なさをたたえているのでしょう。

同美術館には、京焼の名品が多く所蔵されていますが、ガレのあとにそれらをみると、モチーフも、探求された精神も重なり合っているのに、野々村仁清の描く藤のつるは落ち着いていて、ガレと同じように、またはそれ以上に繊細で正確なのですが、悲しみというよりは達観をたたえています。

日本美術はいまどんな風に息づいているのでしょう。
僕なりの提案を明日から、ひそやかにはじめさせてもらいます。

ちなみに僕は火曜・水曜以外はギャラリーにいます。

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by toktokpng | 2005-10-16 23:12 | カルチャー