「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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ジョンのこと

結局、ちゃんと帰れた次の日は、9時にスタジオ入りのまま午前2時頃まで撮影。
そしてそのまま、会社に戻り制作作業。6時半まで会社にいた。37時間近く起きっぱなしだ。

頭の中が真っ白になってくる感じ。マジカルナンバー8という言葉をご存知だろうか。「海馬は疲れない」という池谷さんの本にも出てくるのだが、その、人間が記憶に定着させる前に一時的に覚えておける8つの項目がことごとく砂浜の文字のように疲れという波にかき消されていく感じだ。

そうやって表面的な記憶が遠ざかっていくと、記憶として定着した自分の世界が広がってくる。12月8日だ。ジョンの命日。太平洋戦争開戦の日。どうしてもこの日は特別な思いに駆られる。今年はずっと、「Nowhere man」が記憶の中のスピーカーから流れている。たぶんあの歌詞はジョンだと思う。Nowhere manがNowhere plan をどこにもない国で練っている。そんな彼はどこか君や僕に似ていないかい?

ジョンが嫌いなころがあった。勝手な奴だと思っていた頃があった。
だけど、時間がたって、固まった時間の中にいる彼は、輝いている。

禅語に「無位(為)の真人」という言葉がある。

いつの頃からか、この真人と「Nowhere man」は同じ事を言ってるなあと思うようになった。

ジョン・レノンは真人を生きたのだ。それが光りのもとだったのだ。
僕らの中にもNowhere man が居る。ジョンが僕らに似てないかいと言ったように。

いつも真人を生かす事は出来ないが。
貫徹の職場で、頭の中にNowher manが流れているとき、ふと後ろを振り向くと
壁に大きなジョンのポートレイトが架けてあった。その目が僕らを見ていた。

そういえば、
いつもここにあったのに、今日ほどその視線を感じた事はなかった。

歌の中に彼の真人はまだ生きている。
その光が僕らに語りかける。
反作用なんか気にかけずに、ユートピアを思うことの大事な作用について。

ありがとう。ジョン・レノン。
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by toktokpng | 2006-12-08 20:04 | 日常