「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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オルセー美術館展

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フランスのオルセー美術館の収蔵品を日本に居ながらにして楽しめる。4/8日まで東京都美術館で開催中だ。
印象派のコレクションで有名な同美術館はもともと駅だった建造物を美術館にしつらえたもので、そのユニークさも展示品のなかに織り交ぜて紹介されている。

日本では印象派好きという人が結構いる。あんまりその他の絵画・美術には興味が無くてもモネやルノアールは大好きだという話を聞く事は少なくない。
だから、今回の展覧会もすごい混み様。会期中の土日は昼前には入場制限が出ているようで、すこしでも、人だかりの後ろからではなく鑑賞したいと思い土曜朝の開館時間にいく。会社員は土日しかチャンスが無いのだから仕方が無い。

まんべんなく収蔵品が持ってこられていたようだが、僕が印象に残ったのは、
ボナールの「水の戯れ、旅」。ルドンの「セーラー服のアリ・ルドン」「キャリバンの眠り」。
ボナールの「水の戯れ、旅」はとても大きな作品で、すこし謎めいている。構図の中に不定形なフレームがあり、そこにラスコー壁画のようなプリミティブな描線が成されている。そのさきに海に関する物語がおぼろげに描かれており、ボナールが捉えようとした四大(しだい)がよく伝わって来た。
ルドンは、大好きな作家なので別に理由があって印象に残ったわけではないが、魔王の子キャリバンを描いたこの小品にはこの時代の時代精神が如実に顕われていると思った。

印象派はそれまでの西洋美術の伝統でいえば、形式主義と自然主義をどうにか乗りこえつつあった試みである。芸術家は見えているものから、ただ見えているだけではない「何か」を描く方法を模索していた。その「何か」を苦もなく表現している好例として日本美術を見いだした。だから彼らはそれに熱狂し、ジャポニズム・オリエンタリズムが原動力となって新しい芸術運動が奔流した。
今回の作品群を通じて、きっとオルセー主催者側は、その事も僕らに感じて欲しいと思い企画したのじゃないだろうか。後期印象派の芸術家達が憧れ続けていたのは、僕らが今いるこの国の、光琳であり、北斎であり、NABESHIMA、KAKIEMONなのだ。それらを追う事で生まれて来た表現なんだなあというのがよく伝わって来た。

そしてちょうど最後の壁に、カレル・マチェックの「予言者リプザ」という大作があり、「あなた方の霊性と共通のものがここにありませんか?」と語りかけているようだった。

その絵を是非、行ってご覧になって下さい。
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by toktokpng | 2007-02-25 16:40 | カルチャー