「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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仙崖展

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日比谷の出光美術館でやっている「仙崖展」。

出光美術館と言えば仙崖、仙崖と言えば出光美術館というくらいのコレクション。素晴らしい作品の数々をしっかり保存して下さっている美術館に感謝。

行って来ました。まだ会期は2週間あるので、皆さんも是非行ってみて下さい。彼の代表的な作品は全て網羅されていました。

仙崖和尚は、水木しげると並んで、学生時代の僕のヒーローであり、スターでした。

いつみても感動する、「堪忍柳―嫌な風もあろうに柳哉―」。

ささーっと描いた柳らしき木が強風のなか、涼しげに立っている。

風を受け流している様が大事なのだ。柳は風の中、兎に角、しなる。折れるよ!って位、しなる。だけど折れない。博多の仙崖さんは台風の中、ぐわんぐわん揺れても倒れない城下の柳を見た事だろう。高校まで福岡で育った僕も、その柳を見ていた。

嫌な風もあろうに柳哉。。
「ヘイキダヨ~ン。」という声が聞こえてきそうだ。

師匠の黄檗が悟りとはなんだーっと聞いて、問いも終わらぬうちに「コレダー!」と言って拳を師匠の土手っぱらに食らわせ、師匠も「そいつじゃあ!」と喝破したという楽しい伝説をもつ臨済を描いた絵も、今まさに、師匠をぶん殴って悟りを示した拳が彷彿とし、「見かけや形にだまされとったらアカンで、ワレ~!」と言う声が聞こえて来そうである。

徳川時代、仏教はそれ以前にも増して権威的になった。教えや気づきよりも、栄達だった。

仙崖さんは戦ったのだ。大真面目に吹き出してしまいそうに無法な絵を描いて。

基、闘うつもりなど、何処にもないのだ。仙崖和尚の悟りが、支配者には煙たく、市井の人びとには可笑しくて、あたたかかったのだ。

ただ、和尚は完全に脱力し、かつ、シリアスだ。

目頭がなんども熱くなった。

僕の永遠のヒーロー!
ありがとう!
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by toktokpng | 2007-10-13 17:52 | 日常