「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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2008年がやってくる 8の話

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「人生と見えざる存在も含めた宇宙の関係性は8の形だ。」

今朝、すっと降りてきた言葉。
もしくはSを反射させた姿と言った方が正しいのかもしれないが。

見えないと言っても、存在していないという意味ではなく、まだ人間の知覚能力や科学技術が捉えきれていないエネルギーと言う意味でだ。しかも、今現在の物理学でも十分目に見えない存在の可能性を言及しているのだから、そろそろ唯物論に固執するのは詭弁でしかないという時代になっているとも言える。詭弁陣営の方々には申し訳ない話題だと思う。

8の結節点が僕ら人間が、向こう側、こちら側という分け方をしてきた物の見方の境目になっている。

向こう側からエネルギーがやってくる。それは結節点を超えて、一つの意識となる。その意識の総体は様々な事を経験して、また、結節点を超えて帰って行く。その一回性の人生は、どうあっても一回でしかない。もう一度、その意識をつくったエネルギーの大部分が、新しい意識を作ったとしても、それは、過去作られたものとまったく同じではない。

また、この8の字はフラクタル構造をもっており、人生は常に見えないエネルギーとのやり取りの軌跡でもある。

目に見える世界だけに意識を集中していると(実際にそんなことが出来る人間は、見えない世界にだけ意識を集中しておく事が出来る人間がいないのと同様に、いないのだが)出来事の生成過程が直線的であるかのような錯覚を起こし、人生の中でスリルや感動を味わう事が出来る。

ちょうど、ジェットコースターが急カーブに差し掛かる時、ぶつかったり、飛び出したりする筈はないのに、「キャー」っと声をあげてしまうのと同じだ。

「このまま行くと破綻がやってくる」

そう感じるときに、このシステムを信頼して、状況を手放し、委ねてさえいたら、思わぬ展開によって、行き止まりを打開するような事が起きたり、破綻と思えたその事自体が、新たな生成過程の入り口だったりして、事態が想像したような破綻を回避している事がある。

全く、個人的すぎて、具体的に書く事ができないが、昨夜そのようなカーブを通過した。

何度経験していても、その度に一回性の学びがある。

規模において、質において、回数において、それぞれの人が経験することは違うだろう。人に話すような事ではないような個人的な事から、集団の中での経験まで。

だが、嬉しい感動や経験も、恐怖に彩られた感動と経験も、この8の字のプロセスと直線的意識の錯誤の型が原因で起こっている。

おそらく人生はそのような型に気付く為にあると言うよりは、感動と経験を重ねる為にある。で、あるならば、直線的意識という錯誤はなんと僕らに資する物なのか、恩恵を受けているのである。

さらに、追加して書き留めて置くと、同じ8の字の型ゆえに、生まれたばかりの子は常に既に生まれている人間の魂よりも進化しているのは当然の事なのだ。

最も小さき物から学ぶ時、最も大きな事を知る。

そして、私たちは8の字の中で、感動するのだ。

もうすぐ2008年がやってくる。
多くのカーブを駆け抜けて行くとき、僕らの魂は何を知るだろう。

画像は9年前の作品 [ EMARGE 創発 ]。
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by toktokpng | 2007-12-19 11:24 | 創作