「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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「薔薇十字会の神智学」より その1

みなさんごきげんよう。

毎日、日記を書けるくらいには生活が落ち着いてきたので、今日からシリーズでシュタイナーの「薔薇十字会の神智学 著:ルドルフシュタイナー 訳:西川隆範 平河出版社」から、箴言だなあと思う言葉を紹介したいと思います。

実家に戻って、10数年前のままの本棚に、かつて自分がよんだ本がそのまま収まっていました。書物はなるべく溜め込まない方がいいというのが、今の直観ですが、一冊気になったのがこの本です。

これは、祖母からもらった本でした。

環境保護を訴える活動などを、血気盛んにしていた祖母は、家族皆から煙たがられていましたが、僕に取っては貴重な理解者でした。

おそらく、ドイツ緑の党の実績などをどこかで紹介され、その思想のバックボーンとなっているシュタイナーに彼女は興味をもっていたのでしょう。

祖母が紹介してくれたシュタイナー関連書は、これともう一冊小貫大輔さんという方が、ブラジルでシュタイナー教育の実際を体験されて書かれた「耳をすまして聞いてごらん」です。

小貫さんの本は感動的な一冊です。祖母もこの本は読んだようですが、「薔薇十字〜・・」の方はさっぱりだったようです。

僕も、その本を渡されたのは14歳の頃。正直最初はチンプンカンプンでした。しかも、薔薇十字会の事を他の本で調べるのとは、随分おもむきが違うことが書かれています。

今、また、読み返すと、多角的に捉える事が出来て、違った味わいです。

マイミクのみなさんは、それぞれ、書物や実体験、また波瀾万丈な人生経験をつまれながら、真実、若しくは愛へと至る多くの道に気付かれた方ばかりなので、このシュタイナーの講演録からの引用に、知的・感覚的収穫を得てくださるのではないかと感じています。

さて、前置きが長くなりましたが、今日の一節。

「肉体を人間の周囲に広がる鉱物界の一部と見なしたときに、肉体について正しい観察ができます。 ー中略ー  肉体の中に働く力は宇宙から送られてきています。このことを洞察した者は、あたかも虹の本質を体験したかのように感じます。」

シュタイナーの世界観では、人間を「肉体・エーテル体・アストラル体」という幾つかの性格の違うエネルギー体の総合として捉えます。また、特徴的なのは、そのエネルギーの働き方として、「意識魂・悟性魂・感覚魂」というあり方があり、それらのエネルギーに働きかける存在として、「自我・霊我・生命霊・霊人」という存在を前提とします。

この事が、シュタイナー思想の「いろは」になっています。

この概念は、皆さんそれぞれの学びのなかで得てきた概念に、適宜置き換えていただければいいと思います。

大雑把に、心、魂、体というようにおきかえて頂いてもかまわないと思います。

興味深いのは、「虹の本質を体験したもののように」という表現です。

肉体が、どれほど人間存在にとって、ほんの一部分なのか。

人間を構成するエネルギー体は、本来ひとりのエネルギー体が、銀河一つ分ほどの広がりを持つとも言われています。

そのような広がりの中で、肉体という学びを選択し、この地球上に存在する我々にとって、肉体とは本体に対してモノポリーの駒ほどの部分でしかないかもしれません。

鉱物というステージも、人間へと進化した魂存在は経験済みだとも、シュタイナーは述べます。

そして、鉱物界というのは、すでに我々は終了したステージです。ですが、終了している分、鉱物界というのは、われわれ人間界よりも高い完成度をもっているともいいます。

その、ような完成度の高い鉱物界に、人間のエネルギー諸体が働きかけているという構図で人間を観察するとき、われわれの人生というものが、宇宙的な広がりと意味をもって立ち現れてきます。

みなさんの立場から、この言葉において、また僕とはちがった、気付きがあるかもしれません。

皆さんのご意見もお聞かせいただければ、幸いだと存じます。

本日もお読みいただいた皆様。

心から御礼もうしあげます。

ありがとうございました。
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by toktokpng | 2008-04-22 18:06 | カルチャー