「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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「薔薇十字会の神智学」より その10

みなさん、こんにちは。

今日は休日で、子供たちも家にいます。

ちょっと、父に子供たちを見てもらって、本日の一節を更新します。

さて、昨日は早足に宇宙進化の7つのフェーズと、人間の7つの意識状態について紹介しました。

その内容は、知識としてではなく、内的体験を呼び覚ます情報として生かされればと思います。

その前の日記では、それぞれの相のフラクタル構造についても紹介しましたね。

現在の地球紀の中にも、七つの時期について言及されています。

地球の七つの時期を紹介しますね。

土星紀に対応する地球での時代をポラール時代、太陽紀に相当する時期がヒュペルボレアス時代、月紀に対応する時代をレムリア時代と呼び、地球紀に対応するのがアトランティス時代、木星紀に対応しているのが後アトランティス時代、その後、金星紀が第六根幹人類紀、そして、ヴルカン星紀が第七根幹人類紀と呼ばれています。

現在、われわれは、後アトランティス時代を生きており、その、後アトランティス時代にも7つの時期があります。

その七つとは、インド文化期・ペルシア文化期・エジプト/カルデア文化期・ギリシア/ローマ文化期・第五後アトランティス文化期・ロシア文化期・アメリカ文化期という名称で呼ばれます。

現在、アメリカ文化期をすぎようとして、まさに第六根幹人類期へと移行していくのが「今」ですね。

さて、前段も長くなりましたが、今日の一節です。ですが・・例外的に二節、紹介します。



「月紀のある時期に、生殖衝動の進展と内的な体験が生じ、この内的な体験を声に発することができました。そのほかは、動物人間は沈黙していました。太陽に対する月のある特定の位置、ある特定の季節において、月は宇宙の中で音を発したのです。月の存在が自らの衝動を宇宙へ叫びだしたのです。ある種の動物、たとえば、鹿の叫び声の中に、この痕跡が見られます。」

「漂い、泳ぐように動いていた月紀の人間は、血液の流れを送りこむ周囲の大気圏にぶら下がっていました。地上で身体が死んでも、それは魂の死ではありませんでした。自分の一部分の死であり、意識は上方へ生きていました。たとえば、手が朽ちると、別の場所に新しい手ができてくるような状態でした。月紀の人間は朦朧とした意識の中で、死を単に身体の枯死としか感じませんでした。」



この時期の人間の姿という物を、シュタイナーの観点に基づいて観察すると、なんとも想像力をかき立てられます。現在の植物のような形態が形態としてありつつ、人間の本質は、大気にぶら下がっていると。とても、ほんわかした感じがします。

そして、その時点においては、人間は両性具有であるといわれます。月紀において、地球は、現在の「月」と「太陽」になる部分を「放出」したと述べられます。それ以降、人間は両性をもつ可能性を生じさせたのです。

その、両性具有の人間存在が、声を発する瞬間が描写されているわけです。それはまさに「ウタ」のはじまりですね。

この時点において、性は、まったく神聖なもので、どのような他の要素も入ってくることはありませんでした。声と生殖はまったく一つのことであり、天球にこだましたその響きを想うとき、われわれの心に、ウタの原初がよみがえるようです。

そのような月紀の人間にとっては、現在の死と生のような区別はなく、連綿と繰り返される変化のプロセスを、夢のような意識でたどっていたと言われるわけです。

そして、この月紀に対応する現在の地球紀での時期が、レムリア期になります。このとき、月紀の繰り返しということが地上でおこり、このとき性の衝動が、不完全な自我意識と結びつき、ちょっと扱いにくい状態を作り出しました。

その、レムリアの時期に、扱いにくい状態から自らを引き上げ、次の段階に進んでいった魂が現在の我々です、と述べられています。

後アトランティス時代にも、浄化と再構築が行われてきたわけですが、月紀に対応するペルシア時代の「千夜一夜物語」などは、うっすらと、月紀の記憶を反映させているように感じますね。

我々は、今という視点に焦点を合わせるとき、合わせるからこそ、その前後に広がる広大な空間と時間に想像の翼で自由に飛び立つことができ、そこから得られる光の情報を芸術や日々のひらめきの中に生かすことができます。

このようなシュタイナーの考察は、「scaffolding -建築の足場—」として、とても有用に感じます。

われわれのなかに、すべての時代、すべての宇宙の経験が織り込まれている。

そのことを感じるとき、なにか素晴らしいものを、外に求めようよとするのではなく、自分自身のなかに見出せそうだという、やる気がわいてきやしませんか?

そうであればいいな。それすらも、カムナガラに。

ただ、すべては良いながれの中にあると信頼して、今日は終わりにします。

あと、三回、よかったら、お付き合いください。


今日も本当にありがとうございました。


感謝








 
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by toktokpng | 2008-04-29 13:10 | 創作