「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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拝啓

サイコロで絵を描くS.T.様

ご無沙汰してます。あなたがインターネットをよく使う方でも、このブログの事をしってるわけでもない事をわかってはいますが、ボトルメールほどの気持ちでこの文章を書いています。

昨年の個展実はちゃんといったんですよ。大作が見られてうれしかった。Tさんの絵画空間はある意味僕の理想です。ミニマルだけれども脱力して無碍。あたたかく自由な、だけれども無駄がない静溢な祈りのための空間。抹香臭さくない祈り。硝煙臭くない民族・国への愛。大麻臭くない精神性。そういうことを感じ取る事ができるTさんの世界は、僕の心が自由になれる場所です。

以前僕の個展で、オートマティックな色彩の飛沫を滲ませる小品をみながら、もっとうまく表現するための画材を教えてくれましたが、やっと今日、扉が開いたかもしれません。
Tさんにも教えられたし、今の人気作家の方の絵を間近でみれば、どんな方法をつかえば、自分のやろうとしてることがうまくできるのか、答えは目の前にずっとあったのに、まねするのが怖くて、素直に素直な方法をとる事が出来なかった。たどり着く場所、方法は、すでにある物だとしても、ぶつぶついいながら自分でたどり着いてみたかったんです。

うまく、滲んでくれました。「奇麗だな」と思えました。
まあ、ぼくは描き始めはよくて、だんだん悪くなっていくという事が多いので、どれほど物になるかわかりませんが、今までも描き始めがよくて、最後まで持ちこたえて描き終えた作品もあるのだから、いくらかは物になるでしょう。
「今度は、これは、自分の表現にすることが出来るかもしれない。」作業場を見てそう思えました。昼間、雑誌の「イサム・ノグチ」特集などをよみ、物造り人として、自分と同じ時期のノグチ氏の大きさとのあまりの格差に、無力感を感じたりもしていたのですが、僕と任意の他者が美しいと納得でき、見る甲斐のある絵画空間を生み出す事が出来れば、誰と比べるのでもなく、充分充足して歩めるだろうという思いで、今日の作業を終わらせる事が出来ました。

全く同じ手法で作品を作ったとしても、例えばTさんの編み出したルールで僕が同じ作業をしても、Tさんの絵にはならないように、まわりの人のやってる手法を取り入れても僕の表現にしかならないんじゃないか、素直に真似て真似ていけば、逆説的に自分自身になっていくんじゃないか。

こういう制作にまつわる興奮というのは、長続きしないもので、明日にはすっかりしおれて、こんな事を書いたのが恥ずかしくなるかもしれませんが、Tさんに「うまくいきそうだよ」ってことを伝えたく、キーを叩きました。

届くあてもない、この場所を借りる事で。

それでは、また。どちらかの個展であいましょう。
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by toktokpng | 2005-06-13 00:02 | 創作