「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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星追い

 
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天文学者の声に耳を傾けてみよう。

その話しの点と点を、彼らがよって立つ理論を飛び出せないで、つなげる事が出来ないでいる点と点を、つなぐような自由な響きを感じながら。

宇宙の年齢。銀河の生成。物質の起源。多くの目にも見えず計測も出来ない存在達。次元が違うひもの話。

天文学者の声に耳を傾けよう。
何万年も前から、人々はそうしてきた。群れの中に、じっと空だけをみつめ、それで充足して、星の動きを記録するものたち。彼らが見てとった星のうごきは、霊感でみたされ、天空の響きを聞いて、我々を導いた。

どんな賢者も、星々の動きと天文学者の言葉に敬意を払わなかったものはいない。

宇宙のあらゆることが、僕らが見聞きし味わっている世界の経験則で理解できると思うのは、世界中のどこにいっても自分の言語で話しができると思う幼稚さと対して変わりはない。アカデミズムと世論はその幼稚さに固執して、単純な事を見落とし続ける。

天文学者は、それでも、懸命に、天空の響きを自分たちの言語に置き換えようと弛まぬ努力を重ねる。単純化された新しい理論によって、細々と真実の輝きを保ちながら。三角の真実性を横目でちらちらと見ながら。

現代のパトロンである「世論」と「学会」の庇護を失わぬよう、彼らの翼はもぎ取られ、いくつもの枷をかけられながら、それでも、無数の点をあだな努力でたぐり寄せる。

その点をつなぐストリングスこそ、このオーケストラに必要なのに、何かがそれを見る事をさまたげる。

その調べはこの世のものとは思えず、美しく、完璧で、時空をこえている。その響きに満たされる時、だれもが予感する。真実の一端を。

予感を否定するもの、予感の理由をかき集めるもの、予感を戯画的に説明するもの、予感そのものを生きるもの。

天文学者のたましいは、成し遂げられない点のハーモニーをわれわれに聞いて欲しいのだ。それはまるで、利害を異にする同胞団の一人が、兄弟の目をかいくぐって、我々にメッセージを送ろうとしてるかのようにだ。

われわれは、耳を傾け、彼らがその枷によって振り上げることの出来ないタクトを静かに胸のうちで振り下ろそう。

そして響く、真実の合奏。
音に浸されたなら、けっしてその事についてああだこうだと語らず、ただ静かに味わおう。

グルーオン、ヒッグス粒子、対称性の崩れ、超ひも、対光子、n次元。

それらのがらくたのような断片が、命を吹き返して、歌い出す。

目を開けて、その真実を、私たちの言葉で語ろうとする愚かさを手放せば、我々はただ真実を生きるだけだと気付くだろう。

天文学者の声に耳をかたむけよう。

砂漠の荒野で、髭の手入れもせずに、星の動きに忠実であった魂から。

島の草原で、櫓に寝泊まりし、夜だけが彼の楽園であった官吏の誠実さから。

真実の側にたつことが、軍隊よりも、民衆よりも手強い事を知った先賢たちから。

その耳を持てば、素直な目を持てば、どんな命の顕われも、真実の一端を垣間見せる。


そして、花は、美しい。



子供たちを保育園に送り、その周りの公園で小さな星屑のような黄色い花をみつける朝。
早足であるく若い母親たちのすきまで膝を折り、カメラをむけて花にあいさつをする。
福岡の空は梅雨を予感させる湿った雲に覆われて、すこし肌寒い。コーヒーを呑みながらこの文章を書いて、今日もすばらしい一日を予感する。

あらためて、今おこっている宇宙のあらゆるレベルの全ての事象がありのままであることに感謝がわきあがる。どうしても、言葉にすると戯画的であることにがっかりしながら、その事も、ありのままに、ありがたい。

結局、こうしかいえない。
あいしているよ。ありがとう。










東京レッスンのお知らせ

*ほぼ満席の会もでてきました。まだ余裕はあります。皆様どうぞおまちしてます。

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by toktokpng | 2009-05-19 09:58 | 日常