「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


by toktokpng
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ:創作( 251 )

d0023742_812798.jpg


「願い 届け」

ひとりの人は思いを抱きます。もうひとりの人も思いを抱きます。
魂の光はもうすでに、その思いを伝えあっています。やっとからだからはなれる事の出来た魂は、精霊達の光と溶け合って相手の心にまっすぐな思いが届くようにあらゆる努力を重ねます。ひとりの人は、時に魂と光達の働きを忘れて、滑稽なくらい落ち込んだり、喜んだりします。だけれど、心とからだが一つになった指先がもうひとりの胸に届く時、地上でもっとも美しい喜びの光が二人を包む予感が訪れます。
[PR]
by toktokpng | 2007-03-15 08:02 | 創作
d0023742_2475511.jpg

「時が止まり、3秒間。出会い」

魂は、出会いを見分けます。自分にはない性質の光をまとった存在に、ビビビっと気づいてしまうのです。ひとりの人は空っぽになってしまいます。それから、とても自分と相手の「からだ」の事を意識してしまうのです。自分に降り注いでいた精霊達の光も、一瞬リズムを失って、ひとりの人は自分の「からだ」が光っているように思ってしまうのです。自分には無い要素に包まれたもうひとりの人。だけれど、実はその人はとても自分に似ているのです。
[PR]
by toktokpng | 2007-03-14 02:48 | 創作

人の物語 2

d0023742_7574957.jpg

「一歩を投げ出す」

ひとりの人が周りの光に影響されて、うずうずしてきます。柔らかい赤みを帯びた光や、とても静かな緑色の光、涼しげな青い陽光に照らされて、ひとりの人の魂は花になったような気持ちです。自分を取り囲んでいたあたたかな黄色の殻を抜けて、「一歩」と言う「からだ」を遠くの外へと放り投げてみます。そのとき人は、あたらしい動きを世界に感じ、白い期待感が喜びを運んできます。
[PR]
by toktokpng | 2007-03-13 07:58 | 創作

人の物語 1

d0023742_7523778.jpg

「充足したひとり」

黒い一本の線はひとりの人を表しています。ひとりの人の魂は暖かい光に包まれてこんこんと流れていく血液のリズムに身を任せています。
空間の中に存在しているひとりの人を植物や動物、また、様々な精霊達が見守っていますが、ひとりだけの充足から一歩踏み出すことを願って時々強い光を、ひとりの人の魂に投げかけます。
[PR]
by toktokpng | 2007-03-12 08:03 | 創作

色と形を解放する

d0023742_2011055.jpg

昨日、絵を描く仲間から連絡があった。
絵本の外国コンペに入選したと言う知らせだった。
「おめでとう。」

お互い結婚して、働きながら制作を続けている。
世に作品を問い、認められるにはどう活動していっていいのか。絵画という表現手段の世界では明確でメジャーな道がないのが現状だ。少なくとも日本では。
僕は、定期的に東京で個展をする事で、作品を世に問おうという気持ちはある。

しかし、認めて欲しいという思いよりも、それぞれの絵と観る人の出会い一つ一つの暖かさや輝きにこそ価値がある気もして、「秤にかける」ということに積極的にはなれないでいる。

仲間は、コンペという形でそれを世に問い、誉れを受けれる事になった。
それをきっかけに道を開いて欲しいと思うし、成功を心からお祈りする。

日曜日、ティアラの輝きや装飾性をたよりに、色と形の中を泳いで、
色と形がなりたいような姿になれるよう、出会っている色と形を解放できるよう、
描いていく。

仲間の前進は喜ばしい刺激になる。
窓を開く事。

大きな光が漏れる窓を大きく開けるよう
つとめていきたい。
[PR]
by toktokpng | 2007-01-28 20:11 | 創作

休みの日

d0023742_2223086.jpg

今週は明日も出勤なので、土曜日の今日だけが休日。
毎日平均13時間会社にいて、仕事がスムーズにいかなかったりするとストレスもたまる。
ましてや、平日の仕事が溢れて日曜日に出勤するのだから、推して知るべしだ。

夕方頃になってやっと、体が動きだした。
子どもたちと笑ったり踊ったり。

子どもがテレビに夢中になりだした隙に絵の部屋にこもって制作。
制作の進行が滞ってなければ、ストレスはだいぶ半減する。

白いキャンバスに心をそばだて、色やカタチに耳をすまし、形のなりたいように色が動きたいように描いていく。何を描こうとしているのかは、筆を握っているときだけ何となくわかる。

コノハナサクヤヒメやカヤノヒメノカミの様子を捉えようとしてるのかもしれない。
智・情・意で言うなら、今日の絵はだいぶん情に寄った絵かもしれないが、たまには悪くないなと思う。

こうやって描いている作品全てが個展で発表できるわけではないが、
こうやって探っていきながら、ゴールにむけて一歩一歩進んでいくことが、
なにより幸せだ。

さて、心置きなく、せかせかした世界に戻るとしよう!
[PR]
by toktokpng | 2007-01-20 22:06 | 創作

国立博物館

朝四時に起きて制作時間を確保する。
子どもが寝てる間が静かで集中できる。

とはいえ、繰り返しの作業とか、考えてばっかりの時間というのは良い作品を作る上ではとても危険。とくにそれこそが産みの苦しみで価値ある事だとか思い始めるとよくない。

そこで、昼からぷらっと上野にいってみる。
なにをやってるかも調べずに、なにか面白い企画展があれば見てみよう、なければ法隆寺宝物館を見に行くだけで充分。という気持ちで出かける。

たまたま、国立博物館で「悠久の美」と題された、中国国立博物館名品展をやっていたので、いってみる。
5000年以上も前の青銅器や土器。また兵馬俑や唐三彩などが陳列されていた。なかでも古代のものに目を見張った。以前みた三星堆などのような異形の造形が他にも色々ある事を知った。入ってすぐにあった文様を施された壷などは、文様がトロブリアンドの様式とまったくそっくりで、他にも古代の中国に見られる渦巻き文様はニューギニアに残る文様と酷似したものが多かった。日本も含めて環太平洋圏におおきな文化の広がりがあったのではないかという視点がさらに強まった。
今回一番印象に残ったのは、「玉龍」というもの。顔も手も足もなく、胎児の様な形をした玉石のオブジェクト。やはり5000年をくだらないほど古代のもので「龍」の原型ではないかといわれているものらしい。とても強い気を放っているように感じた。

後半のものは紀元一世紀のものですら、近代と変わらないように見えた。古代中国のものは物質と霊が融和している印象があるが、時代がくだると、物質面の技術や派手さが目について、霊性は阻害されている感じも受けた。

さて、宝物館。
いつ見てもこの建物は美しい。そして一階の展示室は何よりも神々しい。
30センチ程度の大きさの仏像が50体以上、とてもバランスのいい展示台とガラスケースのなかにそれぞれ鎮座している。一体一体が重要文化財だったり国宝だったりする。ここにいると、清々しい気持ちになる。何度か訪れていると、お気に入りの一体等が見つかってくる。

仏像以外の宝物もすてきだ。中国の古代造形に感じたような霊性を、6世紀、7世紀の日本の造形からも感じられる。ミニマリズムといってしまえばそれだけなのだけれど、智・情・意が合致した無駄のない造形とでもいうものがそこにはある。

気分良く帰宅して、また制作。
今日は、僕の描く画面も、いつもより大きく窓を開けそうだ。
d0023742_22375763.jpg

[PR]
by toktokpng | 2007-01-14 22:38 | 創作

太陽の光と月の輝き

風邪を引きづりながらも、子どもと遊びながらも、
すこしだけ制作のプロセスを進める事が出来た。

一番大きく進んだのは、制作場所の確保。
制作場所にしている部屋は、ずっと大きな作品を描いてるわけでは
ないので、すぐに荷物置き場になってしまう。

妻が大活躍してくれた。

僕がこどもと遊んでる隙に、てきぱきと場所を作ってくれた。

この協力体制は日本中の同じように仕事をしながら絵を描いている
絵描き仲間のなかでも、かなり珍しい事ではないだろうか。
大ラッキー。大感謝である。

ぼくも、スケッチブックにむかって。
数点、描く事が決まりそうな構想がみえてきた。
描くべきものは太陽の光と月の輝き。
そのことにピントを合わせていく。

一瞬でも、そうやって創造の世界に窓が開かれると
僕に許された時間と空間が大きくなったような予感がする。

こういう感じを大切に、積み重ねていきたいと思う。

ウィークデイに、また、窓が閉じてしまわぬように。
[PR]
by toktokpng | 2006-11-20 09:32 | 創作

とどけ、絵のひかり

d0023742_12474781.jpg

土曜日、MOAの療法士の資格をもらった。
これで中間法人MOAの認可のもと、求めに応じて癒しの術を施す事を認められた。
MOAは食事や美術や独自の医療を通じて、全国的に人々の人生の質の向上を高める運動を続けている団体だ。浅草にも小さな活動拠点があって、そこで体の不調を訴えて尋ねてくる人々に療法を施している。僕がもらった資格はまだまだ、一番最初の見習い資格だが、この浅草会館で療法を施すボランティアをする事が出来る。

その浅草会館に、一枚の絵を寄贈させてもらった。

「音楽・踊り・絵画の神々」

僕が思うところの時空間の存在、精霊の住む場所。その空間に存在する神々の姿を
柔らかい光と形で捉えたところの絵だ。

絵を通じて、その空間からの光がまわりに広がる事を目指したこの一枚が、
癒しを求めて集まる人々に何か気持ちのよい働きをしてくれる事を願っている。

絵を受け入れてくれたMOAスタッフの方に感謝。

資格を得たこの喜ばしい日に感謝。
[PR]
by toktokpng | 2006-10-29 12:47 | 創作

朝5時に

まだ日が高くない、朝5時。
自転車で江戸川の土手へ。

朝もやが水上を漂い、ごみごみした物を見えなくしていました。
木立が転々と明るい黄緑を点描して、奇麗な風景を見せてくれました。

気がつくと、前にブログを更新してもう二週間。

ぜんぜんブログをかえりみる事の出来ない日々。

グラフィックデザイナーとしての、会社員としての仕事が
フル稼働です。
ありがたい。感謝、感謝。

しかし、個人として、絵画表現者としての時間は
空っぽ状態。

朝5時に川の景色を見て、
「これが一番だなあ」と思う。

川の流れ・時の流れ・黎明の美しさ。

自転車で、川縁をながし、目が覚めたところで、家へ。

作業部屋にこもり、作品に没頭。

描く・描く・描く。

コギト エルゴ スム
コギト エルゴ スム

我思う 故に 我あり。

こうやって、自分の芯の部分を作品として表現し、
それを社会に還元できれば。

そう思いながら、小さな春の光についての小品をいま描いています。

5月7日に、銀座の泰明小学校で発表します。
[PR]
by toktokpng | 2006-04-30 19:07 | 創作