「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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稲穂

土曜日、日曜日。すこし絵筆をおいて子供たちと散歩やお出かけ。
川越の手前で車窓にうつる田んぼ。今年の通勤生活を温かいものにしてくれている光景です。いよいよ穂を垂れて実が入ってきます。つぶつぶが風に揺れる景色は車窓からは一瞬で過ぎ去ってゆきます。
窓越しに稔りの田を見た翌日、いつもの公園より30分は遠い御伊勢塚公園へ。鶴ヶ島という駅の周辺に住む僕たちにはちょっとした遠足。その道すがらに田んぼが広がります。二、三反というほどではないのです、見渡すほどに田んぼがあります。独特の匂いの田の中の道を乳母車を押し、自転車に子を乗せて、四人で歩きます。
稔りつつある稲をついばむスズメたち、用水路の状態を確かめるおじさん。つぶつぶが多い田をみると、なぜかこちらまでホクホクとした気持ちになるから不思議です。
よくみていくと、稔りかたが田畑によってずいぶん差があるようです。それからスズメのよけ方もまちまちです。全滅しちゃわないかと心配になる田や、糸を格子状に張り巡らし、まるでスズメを寄せ付けない田など、農家の手腕によってこうやっていろいろと違う結果が出てくるのであれば、やりがいもあるだろうなと思ったり。
そうこうしながら歩いているとこんな田園風景に少し足をのばしただけでたどり着ける今の住処はいいところだなあと思えました。しかし通勤には少しきつい。そろそろ引っ越しをしなければと考えていたので、なにか惜しく感じられました。

夕方、福岡から母が孫たちに会いに来ました。あまりまだおばあちゃんらしい貫禄はないのですが、まあ僕自身、父親らしい貫禄はないので当然といえば当然です。

近くの居酒屋で食事をして、なんだか心が満タンになる週末が終わりました。

精一杯はたらいて、ゆっくりと家族と過ごす。本当に平凡なことだけれど、それが一番しあわせです。

あとは季節の花をみて、名前を呼べれば、こんなに楽しい生き方はない。

そう思えることがいちばんの幸せかもしれませんが。
地にあふるる精霊たちに感謝です。
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by toktokpng | 2005-08-29 22:12
パプアニューギニアの友人から、またおもしろいメールが届きました。以前紹介したのと同じ人からです。
以下、日本語訳を転記します。


大事な友達へ、一日の始まりにちょっと良い話を送ります。

タイトル:「神様はいいえとお答えになりました」

私は神様に私の悪癖を取り除いて下さいとお願いしました。
すると神様は、「いいえ。それは君が止めることで、私がとりあげるものではないよ。」とお答えになりました。

私は、私の障害を持った子供を健常にしてくださいと神様にお願いしました。
すると神様は、「いいえ。肉体は一時的なものですし、その子の魂は健常です。」と、お答えになりました。

神様に私の忍耐を顧みて下さいと願いました。
神様は「いいえ。忍耐は試練によって起こるのです。ですから忍耐とはそこから学ぶもので、顧みられるものではありません。」とお答えになりました。

私は神様に幸せにしてくださいとお願いしました。
神様は「いいえ。私はあなたを祝福はするが、それが幸せかどうかは、君しだいだ。」とお答えになりました。

私は神様にどうか痛みを取り除いてくださいとお願いしました。
神様は「いいえ。つらいことはあなたを世間への興味から去らせ、わたしのそばヘ連れてくるのですから。」とお答えになりました。
私は神様に私の魂を成長させて下さいとお願いしました。
神様は「いいえ。それはあなた自身が育てるものですよ。そのかわり、あなたが良い果実を実らせられるよう、あなたの人生の果樹園を剪定しましょう。」とお答えになりました。

私は神様に人生を楽しくする全てのものを求めました。
神様は「いいえ。ただ、私はあなたに人生をあたえます。だからあなたは、そこにおこる全てのことを楽しんで下さい。」とお答えになりました。

私は神様に「神が私を愛するほどに、私が他者を愛することが出来るよう、助けて下さい。」とお願いしました。
神様は「おや?そうか、ついにわかったようだね。」と仰いました。


もし、あなたが神様を愛するならば、このメールを十人の人に送って、メールをくれた人にも返事をしてあげて下さい。

-今日という日はあなたのものです。放り投げたりしないでね-

神の御加護がありますように。

-世界のなかで、あなたはただの一人でしかないかもしれませんが、たった一人の人にとってあなたは世界そのものかも知れません-
-主の祝福があなたの上にあって、あなたを守り続けますように。
あなたの上に主が微笑みますように。
そしてとこしえの平安があなたに訪れますように。-
-良き友とは星たちのようなものだ。いつも見ることは出来ないが、いつもそこにいることを私たちは知っている。-



以上、ここまでが全文です。なんか、いいことが書いてますね。

このブログ、始まってから1日平均多めに見積もって10アクセスくらいあるんです。それで最近、記事数が100件を超えて累計アクセスが1,000を超えました。読んで下さってるみなさん、ありがとうございます。それで、ここにこのメールを載せたら、書いてある10人というお願いを叶えられるかなと思い、転記しました。
むかし、「不幸の手紙」というのがあったけど、その逆ですね。

それでは、是非みなさんも10人に幸せを、ペイ・イット・フォワード。
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by toktokpng | 2005-08-23 22:32

夏祭り・お食い初め

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時間がのんびり過ぎていた去年が嘘のような今年。同僚たちによると、業界の中でも一、二を争ういそがしい会社らしいです。いきなりそんなところに入れてホント鍛えられててラッキーです。「今年は子どもももう一人うまれ、忙しい会社に転職し、それでも個展やろうとしてるんだよなあ・・。できんのかな?」とつぶやくと、「やるんでしょ? いつものように。」と、友達にいわれました。
で、まあ、たしかにやってます・・。忙しい方が時間って大事にするんですね。子どもと過ごす土日、(しかも制作している時間以外・・)ほんとうに貴重にあたたかく過ごします。

昨日は地域の小学校で盆踊りがありました。子どもたち二人に浴衣を着せて小学校へ。ここにはパプアニューギニアの美術品が1700点ほど空き教室に安置されてます。去年まではこのコレクションのためにパート公務員として働いてました。ですから生徒たちは僕の事を覚えていて、何人かは「お、やっちゃん!」と声をかけてくれます。
今年から中学生になった女の子が浴衣で来ていたり、一年生も二年生になって、子どもたちの成長が嬉しく思われました。

日曜日も絵を描いてる合間をみて、散歩します。

長男はすでに滑り台の階段をひとりでに登り、両手をあげて滑り降ります。
いつのまにこんなに成長しているのか、まさに「日々これ新たなり」といった感じです。

娘も、微笑み、寝返りをうつようになりました。
日進月歩です。

親の成長は追いつきませんが、必死で追いかけましょう。
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今日は娘のお食い初め。
狭いテーブルに手作りのささやかなごちそうを並べ祝いました。

すべてのことに、感謝の気持ちがあふれます。
ありがとう。
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by toktokpng | 2005-08-21 23:23 | 日常

マゼンダ

マゼンダという色があります。これはとっても人工的な印象を与える色で、異常に鮮やかで見ようによってはとても毒々しい色です。
「ひりひりするようなピンク」とでも呼びたくなるこの色は、印刷の3原色にも使われています。
そもそも色には「光の三原色」と、「色の三原色」とがあります。その違いは、「三つ合わさると真っ白の光になる」のが「光の三原色」で、「三つ重なると、真っ黒になる」のが色の三原色です。
印刷では色の三原色を掛け合わせて、あらゆる色を作っていくのですが、足せば足すだけ鮮やかさを失っていく色たちなので、元になる色には最も鮮やかなインクを使うのです。それが、マゼンダ、シアン、イエロー、の三つ。これに黒インクを加えて、色を表現していきます。
ご家庭のインクジェットプリンタにもその4色が使われてますから、ご存知かもしれませんね。

絵を描くときに使うアクリル絵の具や油絵の具にも、マゼンダがありますしフタロシアニンブルーと言う、シアンに似た色があります。ぼくも、鮮やかさを求める時はこの色を良く使います。

絵を描いてる合間に、または朝起きたときに散歩をし、家々の庭を借景に旅情気分をたのしんでいる夏のこのごろ、キョウチクトウのピンクや百日紅の紅は、ほとんど「マゼンダ」なのだな、と思い至りました。
また、先週沖縄に行ったという両親から、サボテンの実「ドラゴンフルーツ」が届きました。その果物の色もまっこと鮮やかなマゼンダピンクでした。

自然界にある物を、人工色の代表みたいに感ずる僕の脳みそはまだまだ発展途上だなと気づかされる、夏の一日でした。
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by toktokpng | 2005-08-21 10:18 | 創作

シェアリム グット

久々にピジン語です。これは「うまく分け合おうね」という意味です。
ピジン語は、英語が大きなもとになっているので、これは share と good がくずれてこうなってるのです。

昨日、桃を食べたとき、「桃って家族で食べてると、いつも食べ足りないくらい美味しく感じる」と思いました。「一人で生活してた頃、好きなだけ買って食べた事ないの?」と妻に聞かれて思い出しました。
買ってきて食べた事あります。そして、別にあまり嬉しくなかった事も思い出しました。

さっき、お隣からもらったカルピスを飲んでいると、一歳と7ヶ月の長男がしきりと欲しがります。
分け合って飲んでると、カルピスってすぐなくなります。それで、カルピスもいっつも飲み足りない感の残る飲み物だなって思い、自動的に、学生の頃好きなだけカルピスを買ってきて飲んでも、ちっとも嬉しくなかった事を思い出しました。

なんででしょう、だれかと分け合っていると、美味しさが増して、より欲しくなる。
カルピスだって、桃だって、食べ足りない、飲み足りない、でも、オイシーと思える。

分け合うと幸福感が増える。

ニューギニアでは、バナナが一本しかなくても、兄弟と分け合います。
魚が一匹しか捕れなくても、家族でわけあいます。ひもじくなくてもです。
ちょっとの物でも、たくさんの物でも、分け合う事が楽しみなのです。
そんなふうに、リマ母さんから教わりました。
「シェアリム グット。それが、パプアニューギニアの文化なのよ。」

足りないから分け合う。奪い合ってしょうがなくわけあう。そういう事と正反対なのです。
もっと幸せになりたいから、手に入れた物を分け合う。
もっと、楽しみたいから大事な物を人と分かち合う。
これが、幸せの秘訣だとパプアニューギニアのビックマンは言いました。

桃とカルピスの事とパプアニューギニアの「シェアリム」がつながって、妙に納得しました。

今日で僕の夏休みは終わり。どこにも行ってないし、特別なイベントもなかったけど、家族の笑顔を家族で分け合えました。そして、本当にそれは旅行をしたのと同じくらい幸せでした。

分け合うと、幸せが増える。
これは、相対性理論や不確定性理論と同じくらい真面目で、考察すべき原理なんじゃないでしょうか。

まだ夏休みで幸せが足りないと思ってるかた、是非この原理に基づいて実験してみてください。
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by toktokpng | 2005-08-15 00:01 | パプアニューギニア

ユア バースデイ

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あさって、妻も誕生日を迎えます。

平日には顔を合わせる時間のほとんどない生活のこと、
繰り上げて今日、お祝いです。

今度は桃をたべて、やはり花は妻が生けました。

ワレモコウとバラ。

健康に感謝。

でした。
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by toktokpng | 2005-08-13 21:33 | 日常

制作風景

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夜が開ける頃から描き始めて、真昼は暑くて仕事になりません。しかし、雨のおかげで涼しくて、止んだすきに、外に絵をならべてみます。
DMももうすぐ出来るだろうし、10月17日からの個展に向けてカウントダウンな気持ちです。

今年も多くの人に来てもらいたいです。
案内おくって!という人はいつでもメールで住所くださいね。
いつも送らせて頂いてる方には、メールいただかなくても送るのでご心配なく。

子どもたちも不思議そうに作業場を覗いていました。

良い夏の一日です。
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by toktokpng | 2005-08-13 11:20 | 創作

ゴロカからの便り

僕がパプアニューギニアで通っていたゴロカ大学の職員クリネットから、久しぶりにメールが来ました。
-冒頭省略-
Goroka was hot and dry for the last 7 months but last week and now it starts rainning. The place looks flesh and green. The road here is sealed and Goroka down is generally clean. All the Prime Ministers of the Pacific Countries are going to meeting here in Goroka this month (August). The place of meeting is at the University of Goroka Auditorium. Some of the paintings will be displace in the new Library and I believe they will come to the Expressive Arts Building to have a look around. Your paintings are still up on the wall were it was. Lik lik nius bilong Goroka.

ゴロカはここ七ヶ月、暑くて乾燥した天気が続いていたけど、やっと先週雨が降り出してきたところ。おかげで、緑がまぶしくなってきました。道路もちゃんと舗装されてきて、まあ概ねゴロカの街はきれいに保たれてるわ。
今月、太平洋州の首脳たちがここゴロカで会議を開く事になったの。場所はゴロカ大学の視聴覚会館。(美術科の)作品のいくつかは新図書館に飾られるでしょうし、首脳たちはきっと美術室に絵を見に来ると思うわ。あなたの絵は、まだ、あの壁に飾られたままですよ。ゴロカからのちっちゃなニュースでした。

といった内容でした。

昨日は、22時間勤務でした。今朝帰ってきて、今日と明日、夏休みです。

ゴロカに残してきた絵も、人の目をまだ賑やかしているのなら、この夏休み、
悪くない作品を生みましょう。
家族の理解のもとで。

ありがとうクリネット。
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by toktokpng | 2005-08-11 19:37 | パプアニューギニア

「遣唐使と唐の美術」

先週の土曜日にいってきました。国立博物館でやってます。
去年、中国で発見された、1200年以上も前の留学生の墓詩と共に、唐時代の素晴らしい陶器美術を紹介する展示会でした。

井成真という名で葬られた留学生は、おそらく大和の国では、渡来人の一族として育ち、また、その優秀な頭脳を買われて唐へ国費留学した後は、辺境日本からの珍しいマレビトとして扱われた事でしょう。
そんな彼が、唐の礼義を身につけ、異国でも優秀者であることを認められるようになった様子を、僅かに残された資料が物語ります。しかし若くして病にたおれ、朝廷によって弔われたとき「遠い異国にたおれても、魂は故郷に帰ることを望んでいる」と語った、と墓詩に刻まれます。

この墓詩の全文を読んだとき、スケールは随分ちいさくなりますが、パプアニューギニアに私費留学していた自分と少しく重なるものを感じ、あつくなりました。

そこから展示はがらりと変わって、その井成真や菅原道真、吉備真備が魅了され、否、世界中が誘われた唐代の美術を主に陶器を中心として紹介されていました。

こっちの方のボリュームが素晴らしく、おなかいっぱいに楽しめました。

僕にとってのよい作品の条件は、どこまで感覚をひらいていっても、なにかしらそれに心地よく答えてくれる色や形や質感のある作品です。それが木で出来てようと、陶器だろうと、布だろうが紙だろうが同じなのです。
形の均整がとれているとか、色が綺麗だとかは、まあ陶器市でも出会えるわけですが、歪みが・・とか、色の滲みかたが・・とか、そういう感覚を開いていくと、大抵の作品は雑音が聞こえてきてしまうので、ざっくりと見てたのしむようにしています。
しかし、一級品というのは、どこまで微妙な感覚を開いていっても、雑音どころか、調べを聴くことができる。微妙な感覚をひらくというのは、もしそこで大音響の雑音が入ってきたりすると、怪我したような傷みになるので、美術館にいくときは、多少の用心をしていくのです。

だから、展示会の手ごたえというのは、どこまで自分の微細な感覚を開かせて貰えたか。という点につきるのです。

前置きが長いですが、今回の陶器はその点でこころゆくまで楽しめる内容でした。唐三彩が多かったけれど、白磁や黒釉で素晴らしいものがありました。

おどろくのは、そういう一級品が中国本国より、日本各地の美術館よりの出品に多いことです。

陶器は釉薬と土と炎がつくりだす芸術で、それによって肌に表れる景色をたのしみますが、その景色は作り手の意図を離れたところに表れ、作ると言うよりは見つけられて芸術となっていきます。

今回展示されていたいくつもの作品は、唐の時代から色んな人の手を渡り、その美を発見されて、今にいたっています。

この展示会を見て、みた人が微細な感覚でそのひとにしか感じ取れない美をみつけたら、また、その器は新しく芸術として生まれたのです。

唐にまつわる2つのテーマは、時を経た発見という一つで、新鮮さという印象を残してくれました。

ありがとうございました。
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by toktokpng | 2005-08-09 10:02

マイ バースデイ

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31になりました。

メロンと、妻が花を生けてくれました。

ありがとうございます。
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by toktokpng | 2005-08-07 22:49 | 創作