「らうん」とは僕がかつて暮らしたパプアの言葉で「旅する・ぶらぶらする」という意味です。光を描く画家、八坂圭が日々を見つめ、愛し、感じた事を福岡からつづっています。


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引っ越し先

葛飾区の四つ木に手ごろな3DKの部屋を妻がみつけたのですが、僕がおろおろしてる間に先客がついたということです。
そうなると、惜しいものですが、またいいとこに出会えるんじゃないかと思ってます。

住むとこ決めるってのは、すごいですよね。その後の時間の流れかたがそこで大きくかわってしまいますものね。

とにかく、会社に近い所に住みたい。

それから、子供たちが楽しく過ごせるところに住みたい。

そして妻が生活を愛せる町に住みたい。

どこにいこうかなあー。
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by toktokpng | 2005-10-31 23:14

試されてる

僕は聖書をよんで育ったので「神様の試練」という言葉や、事実は自然とあたまにあるんですが、聖書をしらない人や時代のものいいでも、「試されてるっ」という表現ありますよね。

それは、先輩だったり、上司だったり、先生に「試されてる」っていうのもあるんでしょうが、なにか自分の人生に自分が試されてるというか、明確には目に見えない物に「(なんか私)試されてるなあ」っていうことばが自然に自分からわいてくることってないですか?

なんか最近「試されてるなあ」って感じです。

結局それはいつも、どれだけ自分を捨てられるか、どれだけ獲つつあるものへ執着を持たずあれるかということを試されてるようです。この試しの如何によってより多く得たり、より自分らしくあれたり出来るようになります。

でも、人生のなかで何度もやってくるこの試験に、満点をとることはとても難しい。

ただ、いつも、前回のテストよりは一点でもよくなるように務めたいものです。
ただ、回を追うごとにテストの難易度もあがっていくのですが・・。
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by toktokpng | 2005-10-28 00:20

都市と緑

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個展もおわって、一段落なので、そろそろもう少し仕事場に近い所に引っ越そうと思います。

しかし、緑がすくなくなって、子供と散歩できる道や気をもらえる木々の群れから遠ざかってしまうのでは、と微かな不安がよぎります。

でも、都内、けっこう緑ありますよね。

見つけるきもちと、時間をさいてそこへ行く行動が重要です。

会社のそばでも、ほらこんな木漏れ陽が。
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by toktokpng | 2005-10-24 14:33

みらいへ

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昨日までの個展でそれなりに何かを出し切って、それなりに放心状態でした。

しかし昔からの友人が、今日まで二人展をみなとみらいのクィーンズスクエアでやっていたので、鶴ヶ島から往復約四時間かけていってきました。なにせ彼女も自分の展示の搬入前日に僕の個展を見に来てくれたのですから。

はじめていったクィーンズスクエアは、みなとみらいと共にきっちりデザインされていて、スタイルのある都市が本当に日本に新しく生まれつつあるのだということを実感させてくれました。

横浜市はほんとに市民に美意識が根付いてるところなのでしょうね。

友達が展示をしていた場所も、横浜市がプロデュースするギャラリーで「みなとみらいギャラリー」というところでした。

海の中を表現した深みのある蒼い絵は、いま、僕の心にちょうどよく響きました。
二時間かけて、一枚の絵を見に行く。それが、ほんとうにそうして良かったと思えるのは、今日はかなりラッキーだったと言えるでしょう。

明日からしばらく、家事手伝いと会社の仕事のみにうちこもうと決意しましたが、友達の絵を見て、僕が彼女の絵から得た幸せを、また僕もだれかに分けられるよう、心のどこかで描きつづける光を灯されたようでした。
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by toktokpng | 2005-10-23 20:32

個展終了

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とうとう今日が最終日。しっかりと手応えをかんじて、また次回(当分先でしょうが)へと繋いで行きたいと思いを新たに出来ました。

今回、地元福岡の小学校からの友達が、勤務地の松山からわざわざ展示を見に来てくれました。

個展終了後、手伝ってくれた友人達と彼とで有楽町のガード下で打ち上げ。

僕は現在、体がアルコールを受け付けなくなって、終始ウーロン茶やジュースでしたが、おおいに酔っ払いました。
久々の博多弁、みるみる小学校時代までさかのぼって行く話題。こんなに大声でバカ話をしたのは何年ぶりでしょう。
お互いに口汚く罵りあい、とことんいってはじめて開襟包容しあうというコミュニケーションの儀式が博多にはあります。独特の言葉で繰り広げられるその独特のコミュニケーションの奥には、徹底的に人間好きな九州人の気質があります。
古い友人の挑発にのって、僕らはマシンガンのようにはなしました。ガード下に響き渡った、喧華のような故郷の言葉のやり取りは、しかし心地よく、友人のありがたさを胸深くきざんでくれました。

エンディングに相応しい夜を経て、また、明日から「何かを描こうとしている」日々が始まります。

すべての人に感謝して、これからも、よろしくおねがいしまっす!
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by toktokpng | 2005-10-22 23:29

個展レポート

金曜日、なかなか多くの方が来てくださいました。なつかしい友人にも会え、あたらしい知り合いもできました。

絵があって、誰かが絵と出会い、よくしゃべる僕がそこに居ない方が絵の中にある光がより良くその人の胸に届くということもあるようです。

でも、人が来て僕の絵の前で立ち止まり、「これはどういう絵なんですか」と疑問に思ったとき、そこに僕がいて、説明をしたとき初めて扉が開き、絵の向こうにある世界がその人の心に広がっていくという事もあるようです。

僕は自分の個展会場にいて、無力に思えたり、力みなぎるようだったり、様々です。

この先、少しペースを落としながら続けていけたとして、また、いつか個展をやったとき、この所在のなさというのは続いていくのでしょう。それもまた、ひとつの学び場だと思います。
さて、今日は最終日。どんな小さなことでもいいから、絵との出会いがアナタの人生に明るい働きかけになりますように。

見て下さったみなさんに、感謝です。ありがとうございました。
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by toktokpng | 2005-10-22 10:28
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今日は天気はよかったのですが、来場された方はそんなに多くはありませんでした。
おかげてゆっくり自分の作品を鑑賞してしまいました。
なんか別人が描いたような気分でみてみると、「へーおもしろいじゃん」とか「なんなんだろうねえ、このひとのカタチは」とか面白くみえたりしました。
と、そんなアホな事をやっていると、昨日ご自分のブログでとても良い記事を書いてくださった洲崎さんがやってこられました。
洲崎さんはジャパンアートミュージアムという会社をやっておられて、ネット上で展覧会を再現するサービスを提供されています。さっそくそのサービスをお願いして、撮影に来てもらったのです。そして、なんと、もう! ネット上にアップされています・・・。

http://www.jpartmuseum.com/jam_live/g_goto13/

驚きです。

そして感謝です!
ありがとうございました!
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by toktokpng | 2005-10-20 23:00 | 創作

会場にいます

やっと晴れた。風邪をひいた。今日と明日は会社の夏休みをとれた。

ということで、個展会場にいけます。この二日間、本人不在のギャラリーでした。絵をご覧に来られただけの方は、よくしゃべる僕がいない分ゆっくりご覧になれたかもしれません。しかし、会いにきてくれたなかなか会えない友達には失礼をしてしまいました。でも、いっぱい来てくれたみたいでありがとう。

以前に、今回の一連の作品をつくっているとき、「S.Tさんへ」というタイトルで記事を書いたのですが、そのS.Tさんはコンスタントに活動を続けられてる、ちょっと知られている作家さんなのですが、その方がギャラリーに来られていました。そして、あの記事を書いたときに制作していた、「うまくいった」と書いたその絵を見て「俺はこれがすきだなー」とおっしゃいました。

あまりの奇跡な符号になにか心がくすぐったい思いでした。通じるものって通じるんですね・・。

昨日は、美術をネットで紹介するお仕事をされてる方がこられて、僕の個展レポートをご自分のブログに書いてくださってます。これを読むと、ほんとうに僕はしゃべるより絵を描いた方がちゃんと伝えたい事が伝わるのかもなあとおもいました。それは受け取ってくださる方が心を開いてくださるからなのですが。洲崎さん本当にありがとうございます。

さて、今日もいろんな出会いがあることでしょう。楽しみにして。いってきます。
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by toktokpng | 2005-10-20 08:20 | 創作

個展初日

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あいにくの雨でしたが、おもったより多くの方がお見えになって嬉しい初日でした。案内にある2点の作品はさっそく嫁ぎ先がきまって、(2点仲良くおなじところへ)めでたい日になりました。

僕の活動を支えて下さってる全ての方に心から感謝です。ありがとうございます。

今回は以前にもまして、光があふれる空間をつくれたらという願いで進めて来たのですが、来て下さった方のなかに、言わなくても「心の中に光がはいってくるようだ」という感想を言って下さった方があったのが嬉しかったです。

明日、明後日は出勤してギャラリーにはいませんが、よかったらこのブログを見かけたかたも足を運んでみて下さい。きっとすこし気持ちが楽になれると思いますよ。

今度は木曜日、ギャラリーに居ます。

みなさん。ありがとう。
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by toktokpng | 2005-10-17 23:32 | 創作

エミール・ガレ展

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MOA美術館でやっている「エミール・ガレ展」に行ってきました。

話はまた飛んでしまうのですが、子供の頃けっこうマンガ好きでした。自分で持ってなくても置いてあればマンガであればとりあえず手にとって、読んでいました。マンガという表現は過去の芸術から多くを引用しています。大きくなって学べば学ぶほど引用の源泉を知り、興味深く思います。そうやって読んでたマンガの中に少女マンガもあったと思います。そしてその中には「アールデコ」の引用が溢れていたように思います。それは、ミュッシャであり、ガレだったと思われます。

今回は日本国内のガレの名品が二百点以上一堂に会した充実の企画でした。

そこには、植物の形態に必ず潜む螺旋の運動が至るところに溢れて、命を持ったガラス・陶器・家具が美しく輝いていました。

この、曲線が溢れる感が前述の少女マンガを思い出させ、そしてなお、いかにその副次的生産物とガレの作ったもの間に隔たりがあるかということを強く感じたのでした。
少女マンガに限らず、彼の生み出した芸術はひとつのスタイルとなり、限りなく再生産されてきたのですが、そのスタイルとしての表現には収まりきらない、ガレの探求した世界の薄明かりのはかなさ、悲しみの香りがそこにはありました。ガレ自身が悲しみの中に浸った精神をたたえていたのではなく、彼の探求した植物をモチーフとした象徴主義的文様が、東洋の精神への憧憬であるときに、そこに彼は悲しみという感傷を足がかりにそれを読み説いていったことの反映だとおもいます。
ガレにとって日本美術はユーモラスで悲しみをたたえた美しすぎる奇跡だったのでしょう。

今回の展示ではガレが日本美術にテーマをとった珍しい作品がコーナーとしてまとめて紹介されていました。

ガレがどれだけ日本美術をとおして、奇跡の美意識を憧憬したか、そしてその憧れが19世紀末の世界潮流となったガレの作品を形成するのにどれだけ重要な役割をはたしたか、そういう事が見てとれる展示でした。
ガレが描く植物の螺旋はなんであんなにも切なさをたたえているのでしょう。

同美術館には、京焼の名品が多く所蔵されていますが、ガレのあとにそれらをみると、モチーフも、探求された精神も重なり合っているのに、野々村仁清の描く藤のつるは落ち着いていて、ガレと同じように、またはそれ以上に繊細で正確なのですが、悲しみというよりは達観をたたえています。

日本美術はいまどんな風に息づいているのでしょう。
僕なりの提案を明日から、ひそやかにはじめさせてもらいます。

ちなみに僕は火曜・水曜以外はギャラリーにいます。

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by toktokpng | 2005-10-16 23:12 | カルチャー